エステバンの事件簿 【怪盗フォティダス編 第五十六回】
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2008/01/31(Thu)
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どれくらいの間、気を失っていたのだろうか。エステバンが再び意識を取り戻した時、辺りの森は暗闇と静寂に包まれていた。風は止み、木々はざわめきを静め、いつの間にかあれほど騒がしかった夜の生きものたちの声も聞こえなくなっていた。月と星のかすかな光が、周囲の闇を冷たく清らかな銀色に照らし出していた。
エステバンはゆっくりと起き上がった。途端に頭を鈍い痛みが襲い、思わず顔をしかめ右手で頭を押さえた。
痛みは一時的なものだったようだ。しかし意識を取り戻したという事は、再びあの恐怖との戦いが始まるという事でもあった。考えまいとすればするほど、エステバンの意識は恐怖の根源へと向かう。額には嫌な感触の汗がじっとりと滲み出し、身体は小刻みに、時に激しく震え始めた。きつく引き結んだ唇の中では上下の歯が小さく音を立て、視野が狭窄し瞳の焦点が合わなくなり始めた。 「…気がついたのか?エステバン。」 前触れも無く至近距離から声が聞こえ、エステバンは驚き飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がった。咄嗟に握り締めていた長剣を鞘から抜き放ちそうになりながら、エステバンは声の主を目を見開いて睨みつけた。 漆黒のジュストコールに同じ色のレースアップブーツ。白いレースの手袋をはめ、腰には細身のエストックを下げ、胸元には白いスカーフ。まっすぐな深紅の美しい髪は肩の下まで伸び、首の後ろあたりでひとつにまとめられている。形の良い顎。柳のような眉。すっきりと通った鼻筋。涼しげな双眸には髪と同じ色の光の強い瞳。彼女を悪鬼のように恐れる世間の人々がその姿を目の当たりにしても、【怪盗】フォティダスと気付くかどうかは甚だ疑わしいであろう一人の女性が、静かにエステバンを見つめていた。 「…フォティダスか…驚かさないでくれ。」 安堵したのかエステバンは目を閉じながら大きく息を吐き出すと、剣を鞘に収めながら大木の幹にだらしなく身体をもたれかけながら座り込んだ。すぐ傍の茂みから姿を現したフォティダスは、やや眉をひそめながらエステバンに近寄った。 「ご挨拶な奴だ。先程は問答無用に斬りかかっておいて、詫びの一つも無いとはな。」 フォティダスが吐息交じりに呟くと、エステバンは自分の迂闊な発言を後悔しながらうなだれた。先程彼が幻覚に惑わされて斬りかかった相手は、確かにフォティダスだったのだ。エステバンはどうにか震えを堪えながら、目を閉じて彼女に詫びた。 「いや…さっきは確かに…俺が悪かった。信じちゃもらえねえだろうが…悪気は無かったんだ。…許してほしい。」 堪えようとしても、身体も声も彼の意思に反してわなないていた。フォティダスはエステバンの様子がおかしいことを瞬時に見て取った。先程の事など意に介してもいないかのように、彼女はエステバンに近づき、その隣にかがみこんだ。 「…どうしたのだ。震えているぞ。」 「だ…大丈夫だ。…何でもない。」 エステバンは努めて平静を装いながら答えようとしたが、うまくは行かなかった。声はどうしても震えかすれてしまう。額からは絶え間なく汗が滲みしたたり続けていた。フォティダスは片膝をついて身を乗り出した。 「悪寒に発汗…もしや…熱病ではないのか。どこか具合の悪い所はあるか?」 エステバンは期せず苦笑いを浮かべながら首を横に振った。 「大丈夫だ。…身体は、な。」 フォティダスの形の良い眉がひそめられた。 「…何?」 エステバンは自ら浮かべた苦い笑みが、内なる恐怖に負けて消えてしまうのを感じた。 「病(やまい)なら適切に処置すれば治る。身体に刻まれた傷も治療すれば治癒する。だがそうでないもの…心の奥を抉った傷の痛み…恐怖からは、どうすれば逃れられるんだろうな。」 あまりにも弱々しい自分の言葉に、エステバンはうな垂れ両手で顔を覆った。先程のレプペプの言葉を思い出しながら、エステバンは自分の言葉を止められなくなっていた。 「フォティダス…今の俺は恐らく様子が変に思えるだろう。けど…このまま進めば、俺は更にひどい状態になるかも知れない。あるいは戦う事すらできなくなるかも分からない。今ならまだ間に合う…引き返せる。でも…」 言葉を切り、エステバンはフォティダスの表情をおどおどと見つめた。フォティダスは夜空の月のように、何も言わず静かな表情でエステバンを見守っている。 「でも…俺は引き返すわけには行かない。過去から…逃げ続けるわけには…」 フォティダスから目を逸らし再び頭を抱え込んだエステバンに、静かな落ち着いた声でフォティダスが呼びかけた。 「…何があった、エステバン。私で良ければ…話してみないか。」 怯えたように顔を上げたエステバンがもう一度フォティダスの顔をうかがうと、フォティダスは穏やかな表情でエステバンを見ていた。神秘的な、深い紅色の瞳。それを見つめるエステバンの瞳が揺れた。彼は迷っていた。この恐怖の事を打ち明ければ、それはすなわち彼自身がかつて仮面教団の幹部であった事を知られる事になるのだ。この艦隊の中でその事を知っている人間は誰も居ない。 だが、この恐怖は一人耐えるには辛すぎるものであった。誰かに打ち明ければ、少しは楽になるのではないだろうか。それに厳しい戦いを共に生き抜いてきた仲間達に、いつまでも隠し事をしたくないという思いもあった。また、どのみちこのまま進めば自分は狂人と化すかもしれない。ならば一人で抱え込んでいても意味はないのではないか…そうした破滅的とも言える感情が無かったといえば嘘になるだろう。 エステバンは宙を見つめた。震えが一時的に収まり、表情が精悍な彼本来のものに戻った。 「フォティダス…打ち明け話の前に、一つ言っておきたい事がある。」 静寂と闇と仄かな銀色の光の中、フォティダスは短く答えた。 「…聞こう。」 吐息を一つつき、静かに息を吸い込むと、エステバンは言った。 「俺はお前の…この艦隊みんなの味方だ。いや…そうありたいと願っている。たとえこの先、状況がどうなろうと…俺自身がどうなろうと…それだけは変わらない。」 自分は何を当たり前の事を言っているのだろう。そう思うと、フォティダスを見つめるエステバンの表情には困ったような笑みが浮かんだ。 フォティダスはそんなエステバンのはにかんだような弱々しい笑顔を正面から見据えたまま、真摯な表情で静かに一度、ややあってから更に何度か小さく頷いた。 「…分かった。今お前が言った事…私は生涯忘れまい。誓おう。」 エステバンはどこか安堵したようなため息をつくと言った。 「ありがとう。…少し、長話になるぜ?」 フォティダスは薄く微笑んだ。 「付き合うさ。」 エステバンはとっさに横を向き、右手で両目を隠した。その理由は、決して言えないものだったが。 そして、エステバンはゆっくりと話し始めた。 かつて、彼が仮面教団幹部であった事。 レプペプ達と共に、布教のための旅を続けていた事。 巨大化していくにつれて腐敗し始めた教団に疑問を感じ、脱走した事。 そのために生きる目的を失い、一介の賞金稼ぎとして空疎な戦いを続けてきた事。 McQUEENに誘われ、その配下としてフォティダスの調査を開始した事。 フォティダスの真の姿を知り、そして腐りきったイスパニア中枢に怒りを抑えきれず立ち上がった事。 そして、彼の行動を反逆と捉えた仮面教団の首長が、彼にかけた呪いの事…。 フォティダスは一度たりとも口を差し挟む事無く、ただ静かにエステバンの話に耳を傾け続けた。 やがてエステバンが大きな吐息をついて話を終えると、夜の森には再び名も知らぬ生き物達の鳴き声が戻ってきた。遠く近く響き渡るそれらの声とは全く異質な澄んだ声で、エステバンの隣にしゃがみこんでいたフォティダスは言った。 「…正直驚いている。…お前もまた、そうした得体の知れぬ恐ろしいものと戦っていたとはな…。その気持ち…私にも分かる。」 エステバンは目を閉じたまま小さく笑った。この時彼はまだ、フォティダスの小さな異変に気付いていない。 「そうか?まあ分かろうとしなくていいと思うぜ…。こんな恐ろしい思い、せずに済めば…それに越した事はねえんだからさ…。」 他の人間に話を聞いてもらえたせいだろうか、幾分心が楽になるのを感じながらエステバンはそれでも震える声で答えた。 「それより…何とも思わないのか。俺が…仮面教団に居た事を…。」 エステバンが尋ねても、フォティダスは何も言わなかった。エステバンはふと横にいるフォティダスを振り向いた。 「…おい、フォティダス…?」 先程までとは明らかに彼女の様子が変わっていた。悪い方向へ、である。普段から白く美しい肌は病的なまでに青白く血の気が失せ、可憐な唇を千切らんばかりにきつく噛み締め、形の良い眉を深くひそめて眉間には深い皺がいくつも刻まれていた。深紅の双眸には焦点が無く、宙の一点を凝視したまま全身を小刻みに震わせている。 ここに至り、エステバンもようやくフォティダスに異変が起きた事を悟った。どう見ても、普段の彼女ではない。エステバンは思わずフォティダスの右肩を掴んで揺さぶった。 「フォティダス…おい、フォティダス!どうしたってんだよ!」 フォティダスは焦点の無い瞳のまま、左手でエステバンの手を掴んだ。思いがけない強い力だった。 「…エステバン…私は言った筈だぞ。お前の気持ちは私にも分かると。」 震えを堪えるためか、フォティダスの指がエステバンの手に食い込まんばかりに彼の手を握り締めてくる。思わず痛みに顔をしかめながら、エステバンは注意深く彼女の表情を見つめた。フォティダスは続けて言った。 「何も…気休めで言ったのではないのだぞ…。」 怪訝そうな表情でその意味を考えようとしたエステバンの目の前で、空気が短く音を立てた。フォティダスが何かに怯えるあまり、喉を鳴らして息を呑んだのだ。エステバンの手を握り締めていた彼女の手は、両方とも自らの耳に当てられていた。…いや、耳を塞いでいたと言った方が正しいだろう。 何か自分には聞こえない恐ろしい声が、フォティダスには聞こえている。 エステバンでなくともそう思わざるを得ないであろう、鬼気迫る表情だった。 「…エステバン…今のうちにここを…離れてくれないか…。」 全身を激痛に襲われたかのように、辛く苦しげな表情でフォティダスは切れ切れに呟いた。 「な、何だと…?」 どうすれば良いのか分からず、エステバンは思わず聞き返した。フォティダスは目をきつく閉じながら、消え入りそうな声で続けた。 「こんな姿…本来なら誰にも見られたくないのだ…。頼む…私を哀れと思ってくれるなら…どうか今のうちにこの場を離れてくれ…。」 いつか、フォティダスはMcQUEENに打ち明けた事があった。見ず知らずの群集が彼女を罵倒し、最後にはどこか見知らぬ場所へ連行して行く映像が見えるのだと。彼女は、陰では不定期に襲い来る恐ろしい幻に苛まれ続けながらここまで旅を続けて来たのだった。 地の底から響いてくる怒涛のような大勢の叫び声。目を閉じても消えない、何千何万という群集の目はその全てが敵意に満ち、どこかの街の石畳の広場に立つフォティダスは周囲を彼等に完全に取り囲まれていた。 やがて群集の怒りの叫びが最高潮に達した時、フォティダスの周囲から無数の手が伸び、彼女の身体を軽々と抱え上げた。そして群集はどこかへ進み始めた。辺りに満ちる数多の手にはいつの間にか槍や剣が握られていた。空に浮かぶ太陽は黒雲に隠れ、地上は昼にもかかわらず薄闇に包まれていた。そして… 一つの手が、そっとフォティダスの肩に置かれた。びくりと大きく震えたフォティダスは、ゆっくりと隣の人影を振り返った。 「…エステバン…?」 そこには、困惑しながらもどうにか笑みを浮かべたエステバンがかがみ込んでフォティダスを見つめていた。ため息混じりにエステバンは呟いた。 「どっか行けっつわれてもな…。さすがに俺もそこまで堕ちちゃいねえつもりだぜ?目の前でダチが苦しんでんのに…見捨てて逃げられる程にはな…。」 フォティダスはそっと両耳から手を外した。襲い来た時と同じく、幻は唐突に消えていた。彼女が期せずして深く息をつくと、エステバンもそっと彼女の肩から手を退けた。そして笑みを消すと、フォティダスに語りかけた。 「…さすがに演技には見えなかったぜ…そうか。気休めじゃなかったってのは良ーく分かった。済まなかったな、あんな皮肉言っちまって。」 フォティダスはまだ恐慌状態から完全には抜け出していないのだろう、立てた膝を両腕で抱えながら黙って視線を伏せていた。身体は小刻みに震えていた。エステバンは言った。 「フォティダス…俺はお前に話を聴いてもらって少し楽になれた。だからって訳じゃねえが…どうだ、俺なんかで良ければ話してみねえか。お前の見たもののことをさ…。」 次第に意識がはっきりしてきたのか、フォティダスは俯いたままほつれた髪を手で直しながらやがて言った。 「…お互い様というわけか。喰えない奴だ。」 憎まれ口で前置きすると、フォティダスはぽつりぽつりと語り始めた。以前、McQUEENに打ち明け、ガリソニエールにも聞かれた打ち明け話と同じ内容を。 怒号と罵声を浴びせながらフォティダスを取り囲む、見知らぬ装束を身につけた群集。 彼等の手には剣や槍が握られ、叫び声に同調するかのように振り回されている。 彼女に味方する者は一人も無く、彼等はフォティダスを十重二十重(とえはたえ)に取り囲んでいる。 やがて群集はフォティダスをどこかへ連れ去ろうとする。 その先に待っているのは…。 「…。」 森の木々が静かにそよめいた。話し終えたフォティダスを労(ねぎら)うかのように。 それに比べエステバンはフォティダスを見つめたまま、かけるべき言葉も見当たらずにいた。思えば今まで、フォティダスの様子がおかしかった事は何度もあったのだ。だが自分はそんな彼女を訝しく思う事こそあっても、果たして心から心配した事はあっただろうか。いや、彼女が苦しんでいる事にすら、気付いていなかったのではなかったか…? そんなエステバンの視線を横顔に感じるのか、フォティダスは僅かに唇の端で苦笑した。 「…何とか言ったらどうだ。話せと言ったのはお前だぞ。」 涼風のような声で静かになじられ、エステバンはやっとの事で言葉を喉の奥から引きずり出した。 「…いやその…悪かったな。」 フォティダスの瞳がすっと細められた。 「何がだ。」 静かではあるが射抜くような響きを持った口調で問われ、エステバンは内心狼狽した。 「その…今まで、気付いてやれなくて…」 口ごもるようにうつむきながらエステバンが言うと、フォティダスは表情を消した瞳を向けた。 「エステバン…お前が気付かなかった事を、私が責めたか?」 額に冷や汗さえ浮かべながら、エステバンは慌てて首を横に振った。フォティダスは元通り正面を見ながら続けて言った。 「ならば、そういう事は言わなくていい。」 「けど…」 エステバンがフォティダスに食い下がろうとした時、彼女は唐突にエステバンを睨みつけた。 「エステバン。お前が言った事はな。」 今までと同じ静かな口調。だがエステバンは、その底に潜む感情に気付いた。 「…ただの同情…憐れみだ。」 それは、怒気。そしてフォティダスの瞳に浮かぶ光には、屈辱と悲しみが同居していた。 エステバンは、フォティダスの言葉を否定しようとした。 だが。先程フォティダスの話を聴きながら、自分は心のどこかで思ってはいなかったか。 自分の苦しみは、それを与えた相手も、与えられた理由も分かっている。それに比べフォティダスの苦しみは、理由も何も皆目見当がつかないものだ。それに比べれば自分は随分楽なのではないか…。そう思って、自分は心のどこかで暗い優越感を感じはしなかったか。そうして自分を慰めようとはしなかったか…? 「…話は終わりだ。私は艦へ戻る。」 静かというよりは冷たい口調で言いながらフォティダスが立ち上がると、エステバンはようやく我に返った。 「お、おい、フォティダス…」 今しがた感じた後ろめたさが、エステバンの口調を更に歯切れ悪くした。フォティダスが少しだけ振り返ると、困ったように自分を見つめる青年が立っていた。 フォティダスは冷ややかな表情のままエステバンから視線を外し、顔を前へ向けた。背後に立ちすくむエステバンに向かって投げかける言葉が固く、冷たくなった。 「…お前はいつもそうやって、誰かが自分に向ける言葉にその都度惑わされるのか?」 無言のままのエステバンに、フォティダスはかすかに口調を荒げた。 「…そういえばあの時もそうだったな。お前が私を追ってカリカットまでやって来た時の事だ。…お前は初めて会ったガリソニエールの言葉に随分とぐらついていたな。」 カリカット。遠い海の彼方、インド西岸の大都市である。数ヶ月前、エステバンはMcQUEENの配下として、【怪盗】フォティダスを追ってカリカットへ辿り着いた。そこで出会ったガリソニエールは自らフォティダスの協力者である事を明かし、「金と力、それを手に入れようとする欲望で世界は回る」とエステバンに語ったのだ。 言葉に詰まったエステバンに、フォティダスは追い討ちをかけた。 「ほらな。またそうやってすぐ悩む。お前は結局自分の事で手一杯だ。それがお前の器という事だ。」 さすがにエステバンもこの言葉には憤慨したらしく、眉をしかめて口調を荒げた。 「…何だと?おいフォティダス…俺の言葉がお前を不愉快にさせたんなら謝る。けどな。だからって俺に何言ってもいいってのかよ?」 だがエステバンが言い終わらないうちに、フォティダスの言葉がそこに重なった。 「そんな人間に!他人を心配する余裕は無いだろうと言っている!」 口調の激しさとは裏腹に、フォティダスの表情は辛そうに歪んでいた。瞳はエステバンを見据えている。先程の幻覚とは全く別のものが、彼女の表情をそうさせているらしかった。 「…お前のようなお人よしから、戦場では命を落とす。余裕が無いくせに他人の心配をするような奴から、だ。…それでもいいと言うのか。」 フォティダスはエステバンに一見冷たそうな視線を突きつけながら尋ねた。 「…関係ねえだろ。」 エステバンは顔を上げ、フォティダスをじっと睨みつけながら小さく呟いた。その声はしかし、フォティダスの耳にもしっかりと届いた。 「俺の器がどうとか余裕が無えとか…俺がお前を…ダチを心配するのにそんな話は関係ねえだろ。」 エステバンの内心はしかし、複雑だった。人間の心を一色に染める事は難しい。フォティダス達を心配する気持ちも、そして先程精神の底に口を開けた暗い穴に堕ちた感情も、彼の心に共存しているのである。 それを知ってか知らずか、フォティダスはエステバンに背を向けながらただ静かに呟いた。 「…もういい。お前と話していると疲れるだけだ。私は戻るぞ。」 エステバンには、フォティダスの表情は見えなかった。しかし相変わらずの憎まれ口ではあったが、どことなく先程までの冷たさは感じない口調に感じられた。茂みを掻き分け早足で去っていくフォティダスを、エステバンは小さくため息をつきながら追うでもなく見送った。フォティダスの去り際の口調にやや安堵するものを感じはしたものの、やはり心のどこかには彼女への後ろめたさが消せずに残っていたのである。 ややあって、エステバンもフォティダスが通ったのとは別の道を通って森を抜け海岸沿いの崖の上へ出た。深い藍色の夜空に浮かんだ月と星が岩肌を照らし出し、足元の危うさは感じない。眼下には急峻な台地が広がり、すぐ傍まで迫った断崖の彼方からは、この島にぶつかって砕ける波の音が轟きとなって聞こえてくる。 一人になったエステバンは、改めて先程のフォティダスの話を思い返していた。 理由も相手も分かっている恐怖に苛まれる自分と比べ、彼女の苦しみ、恐怖は恐らく何倍も深い事だろう。だが自分が彼女を気遣い心配する事は、憐れみになるのだろうか。 「…めんどくせえ。」 崖の上に立ったエステバンは、夜風に髪をなぶられながら月に向かって嘯いた。 「憐れみになるのかならねえのか、そんな事ぁ知った事か。俺はお前のため…みんなのため、できる事をやる。…結局は、それだけだ。…そういう事なんだな。」 台詞の威勢良さとは裏腹に、再びあの恐怖がじわじわとエステバンの心を蝕み始めていた。だが、仲間を思いやる心がある限り自分は戦い続ける事ができる、かも知れない。この恐怖とも、そしてこの先待ち受けているであろう巨大な敵とも。 …それよりも、彼には気になる事があった。 自分が感じているより更に数倍激しい恐怖に苛まれているであろうフォティダスが、この先の旅に耐え切れるかどうか、という事だった。 「…セビリアへ…急がねえと…な…。」 あるいはセビリアへ辿り着き、彼女の無実を晴らす事ができれば何かが変わるかもしれない。何の根拠も無かったが、エステバンはそう思った。いや、それは祈りに似た感情だった、と言っても良かった。 徐々に震えが大きくなる身体を鞭打って、エステバンが艦へ戻ろうと歩き始めた時。 懐の糸電話が前触れも無く振動した。 続 スポンサーサイト
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目が充血!
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2008/01/31(Thu)
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こんばんは。中の人です。
中学生の頃煩った病気が原因で、私の目は常時充血しております。 普段は薄く充血しているだけでどうという事はないのですが… ここ数日、妙に赤い!真っ赤です。泣きはらしたかのような赤。 それに痒い。無論、こすったらだめなのでいじりませんが。 明日も治らなかったら、土曜は眼科ですね。 それに睡眠が足りてないのかしら。 でも6時間は寝てるんですけどね…。うーむ(--;)今日は早く寝よう。 |
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