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秋風の中で
2012/10/28(Sun)
お久しぶりです。寒くなってきましたね…。

今回の記事は、恥を忍んでの上梓となります。
まあ…生きていると、何もなさそうで、色々あるのだなあ…と
そんな当たり前の事を、改めて今は思っています。

ではでは。エステバン劇場、はじまりはじまり~。
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金曜日、会社の仲間内で飲み会を開催した。

私は、ある先輩の車に乗せてもらって会社を出た。
かつて私の上司だった人。
中途入社で今の会社に入った私とは歳も近く、良き仲間としての関係が続いている。
アニキのような存在だ。

アニキは人事系の部署で頑張っていたが、暴君のような上司とうまくやって行けず、肩書きを剥奪されて今では生産現場で日々頑張っている。
「エステバン、生産現場には生産現場の楽しさがあるんだ。毎日楽しいよ。」
アニキは以前、そう言っていた。
けれど…心中はどうなのだろう。
長年人事・総務畑を歩いてきたのが、突然まったく未経験の職場へ。それに肩書きが無くなるということは、年収もかなり下がった筈だ。アニキには奥さんと二人の子供がいる。けれどアニキはそういう文句も愚痴も言ったことがない。

車は道路を順調に進んでいた。
「エステバン、ともかく復職できて良かったな。調子はどうよ。」
アニキはハンドルを握ったまま私に尋ねた。後部座席から私は答えた。
「まあ…今のところ問題ないですよ。前の部署と違ってメンバーは温厚で協力的な人が多いし、仕事もまだ難しいものは回ってきてません。ただ、ひとつ研修をゼロから立ち上げることになって…今はその構想をじっくり練ってるところですね。」
「おお。楽しそうじゃん。」
「はい。若い従業員向けのものになりそうですが…じっくり取り組みたいですね。」
次第に日は暮れ、街は夜の景色に変わりつつある。車のヘッドライトとテールランプが川のように流れていく。
「エステバン、俺には夢があってさ。」
ぽつりと、アニキは言った。
「今は生産現場だけど…いずれは人材育成の仕事に携わりたいと思ってるんだ。」
私ははっとなった。アニキから初めて聞く、本音だった。
「だから…人材育成の部署に異動したエステバンの事が、正直、羨ましいよ。」
私には、とっさに返せる言葉がなかった。
今回の異動は、正常なものではない。3ヶ月前、私は心を病み、長い休職を経ての異動。私の心の中には、果たして私は求められて今の職場へ来たのだろうか、という暗い疑念が渦巻いている。恐らく、そうではないのではないか、と。アニキのように生産現場へ追いやられなかったのは、病が結果的に盾になっただけのことではなかったか、と…。
「俺の強みは、人に思いを伝える事だと思ってる。人事にいた頃、研修の講師を頼まれて講義したときもすごく楽しくてやりがいを感じた。今、俺は生産現場にいるけど…この経験も糧にして、いつかは教育の仕事に就きたいと思う。」
今は雌伏の時。やはりアニキは大望を持っていた。
「でも、今の職場でもだいぶ仕事に慣れてきてな。今は班長も任されてる。こっちもこっちで楽しくて…。けれど、働ける職場は一つだけだからな。どちらか選べって言われたら、困ると思うけど…はは、まあ贅沢な悩みだ。」
私はうなった。やはり、できる男はどんな環境に置かれても頭角を現してしまうものか。
「まあでも…今の総務部長がいる限りは、戻れるとは思ってないけどな…。」
それきり、アニキは押し黙った。アニキを今の職場へ追いやった総務部長。決して単なる暴君ではないことを、最近になって私もようやくわかってきた。アニキならとうにそれも知っているだろう。それでも戻れないという。会社という場所には、いろいろなしがらみがあるものなのだ。

途中、私とアニキはベビー用品を取り扱う店に立ち寄った。今日の飲み会メンバーには、先日長男が誕生した後輩もやってくる。サプライズで彼にプレゼントを買おうと、以前からアニキと話し合っていたのだった。
しかし一歩店内に足を踏み入れて、私は凍りついた。独り者の私には、何がなんだか分からない商品が多く陳列されている。それに対して二児の父であるアニキは何の抵抗もなく店内を闊歩する。
それにしても、アニキ。周りにはカップルや家族連れはいても、男二人連れはいませんよ?(笑)
ゼロ歳児が喜ぶおもちゃを、ということでいろいろ探してみる。プーさんの人形。しゃぶっても大丈夫な素材で作られた、おしゃぶりをいくつも連結したようなおもちゃ。
…思えば私が赤子だった頃は、どんなおもちゃで遊んでいたのだろうか。遠い記憶の糸を手繰り寄せようと試みても、浮かんでくるものはない。ぼんやりと思い出すのは、天井でくるくる回る色とりどりの何か。オルゴールのような音色…。昔、私の父と母もどこかの店で、私のためにおもちゃを選び、買ってくれたのだろうか…。
「エステバン、これなんか良くないか?」
アニキの声で私は我に帰った。塩化ビニールの透明なポシェットの中に、折りたたまれた布製の絵本が入っている。広げてみると、指で押すとかわいらしい音が出る仕組みのようだ。
「そちらも大変人気の商品なんですよ。絵柄もかわいいですし、指遊びもできますので」
振り返ると、女性の店員さんがにこやかに立っていた。
「よし決めた、エステバン、これにするべ!」
即断即決。アニキは商品を手にすると、それまで持っていたプーさん人形を私に押し付けた。
「俺は会計しておく。エステバンはこれを戻してきて。」
了解。私は商品を手に、もともと置かれていた棚を探して店内を歩き回った。と、家族連れで来ていた小さな幼児が私の持つプーさん人形に目を止めて
「あれがいい~!」
と騒ぎだした。
「こら○○ちゃん、さっきこれに決めたでしょ?」
「○○ちゃん、わがままはダメだからね?」
父と母であろう、一組の男女が二人で幼児をあやす。私はそんな光景を横目にその場を通り過ぎた。
育児って、大変そうだな。けれどきっと、楽しいのだろうな。
プーさん人形を棚に戻しながらふと、この歳で独り身の自分を思う。私はこのまま、独身を通すのだろうか。別に独りで生きていくことを望んでいるわけではない。それに一人ぼっちでこの先いったい何のために、誰のために、生きるのだろう…
しかし今はぼんやり考えている場合ではない。アニキがレジで支払いを済ませているのが見える。私は早足でレジへと向かった。

プレゼントを買い終えたアニキと私は、今夜の会場である韓国料理屋へほぼ定刻どおりに到着した。扉を開けて名を告げると、店員のご婦人が
「もうお待ちですよ」
と言った。どうやら早めに着いたメンバーがいるらしい。案内された席に向かうと、一人のレディが待っていた。
「あ!アニキさん、エステバンさん、こんばんは~」
彼女とは、彼女が大卒新入社員として入社してきたときに、私が新人研修の事務局をやっていた縁で知り合った。アニキはそれ以前、採用活動の一環で会社説明会に母校へ出かけた際、彼女から熱心に質問されたことで印象に残っていたらしい。真面目でまっすぐ、それでいてどこか天然で愛嬌のある娘だ。
…このブログに書いたことはあったろうか?三年ほど前だったか、会社で私やアニキが所属していたソフトボール部でマネージャーをやっていたのも彼女である。ここでは、マネージャーと記すことにしよう。
少しするとさらに、マネージャーが姉さんと慕う姐御が到着した。姐御は長男が高校生だというのに、そうとは思えない若々しい感じの女性だ。目元など、少女漫画に出てきそうな長い睫毛が印象的である。肝心の、長男が生まれた彼…ここではアニキに対して弟とでも記しておこうか、彼はまだ到着していなかったが、遅くなるとのメールがあったので、とりあえず宴は開始された。
サムギョプサル、コムタンスープ、チヂミ、サムゲタン、生マッコリに生ビール…。肉が焼けてくると、店員さんがハサミで切ってくれる丁寧さ。鉄板は斜めに傾いており、脂が流れ落ちていくようになっている。その先にはきちんと、脂受けの小皿がセットされていた。なるほどなー。
やがて、ようやく今夜の主役・弟が到着。アニキからプレゼントが手渡され、弟は驚き恐縮しながらそれをうれしそうに受け取った。彼の長男誕生を祝って再び乾杯が交わされ、やっと本格的に宴が始まった。

しばらくお互いの近況やら何やら、他愛のない話に花が咲いていたが、ふとアニキがうつむいて沈黙した。…なんだどうした。さては生マッコリが体に合わなかったとか?
「…実はさ。まだここだけの話にしておいてほしいんだけど…。」
私は生マッコリの大きな杯を置いて頷いた。何やら神妙な様子だ。
「俺…異動が決まったんだ。」
皆、一斉にアニキに注目した。無論、ここにいるメンバーはなぜアニキが今の職場へ行かされたか知っている者ばかりだ。
「…どこに、行くんです?」
弟が訪ねると、アニキは静かに答えた。
「…経営監理室。といっても、まだ来年1月からの話なんだけどな。」
経営監理室。全社の生産状況をはじめ様々な情報を集め、必要に応じて経営陣に提言を行い、時には様々な部署に対して監査を行う職場だ。無論、入社間もない新人などが行けるようなところではない。通常は様々な職場を経験したベテランが異動する部署だが…。
「そうかあ…アニキさん、やっぱり工場の片隅に収まってる器じゃなかったんだね。」
姐御がにっこり笑って言った。
「おめでとうございます、アニキさん!」
マネージャーも笑顔でアニキを祝福した。
「いやあめでたい!…にしても、ずいぶん異例なんじゃないですか?生産現場からあの部署へ異動なんて。」
私が生マッコリを飲み干しながら尋ねると、アニキは苦笑した。
「それがさ…どうやら顧問が引っ張ってくれたみたいなんだ。」
顧問とは、かつて総務部長をしていた方で、定年後再雇用されて今は社長直属の顧問という役職についている方だ。経営監理室のボスでもある。つまりこの部署はどの部門にも属さない、社長直属という特殊な部署でもあるのだった。
顧問は総務部長を引退なさる時、今の暴君のような総務部長とその席を交替するかたちになった。それ以来、総務部長とアニキの関係をずっと見てきたのだろう。そして、気にかけてくれていたのだと思う。アニキはグラスを見つめながら、静かにそう語った。
経営監理室は俺が勤務する総務部と同じフロアにある。だが社長直属の部署だから、総務部長から何かされるということもないだろう。チームメイトはおじさんばかりだが(笑)、アニキは若手のホープとして辣腕を振るうことになるだろう。
「いやあ、めでたい!それじゃあアニキの活躍を期待して、乾杯!!」
「ありがとう、みんな。」
私たちは再びグラスをぶつけて乾杯した。
「ただ、さっきも言ったとおり随分先の話だ。今年の暮れあたりまでは内密に頼むよ。」
「分かってますって!」
すると、何やらマネージャーが隅の席でもじもじし始めた。隣で姐御が肘で彼女をつんつんつついている。
「あ、あの~…。実は、私からも皆さんにご報告したいことがあります…。」
「お?何だ何だ」
弟がにやにやしながら尋ねる。が、私は何か予感がした。この感じ…もしや。
「実は、その…私、…結婚することになりました!」
「…!」
「おお!?マジで!?」
驚いたのは私と弟だけだった。どうやら姐御とアニキはすでに知っていたようだ。アニキは苦笑しながら姐御を見た。
「姐御、あの電話が来たとき、俺まだ寝てたんだよ。日曜の朝8時に電話とかほんと勘弁してくれよな。」
姐御は済まなそうに笑いながら
「だって~、早く誰かに話したくってさあ!だけど滅多な人には話せないし…」
と言い訳した。
そうか…。マネージャーが、とうとう結婚か…。
彼女が入社して、もう5年近い月日が流れている。同期の女性陣もすでに何人かは結婚し、中には母親になっているメンバーもいる。
何度目かの乾杯を皆と交わしながら、私の心はどこかへさまよい出ていた。

ここからはお恥ずかしい話になる。

…私は、前の会社を辞めて茨城にやって来た頃、心に罪の意識を刻んでいた。
前の会社を辞める直前、私はある女性からお付き合いを申し込まれ、OKし、交際が始まった。しかし勢いで退職してしまった私は次の職場が決まっておらず、連日宇都宮と都内や関東各地を往復しながらの転職活動が同時にスタートしていた。今思えば情けない事だが、当時私には心のゆとりが無かった。多い時には朝、昼、夜と一日三回の採用試験や面接を受け続ける日々。1ヶ月、2ヶ月、内定は出ず、少ない蓄えは見る見る減っていき(自己都合退職なので失業保険もしばらく受け取れなかった。というか結局は1円も受け取れずじまい)、焦りと苛立ちが心に積もっていくのがはっきりと分かった。私を気遣ってくれる彼女に冷たくこそしたつもりはないが、彼女を気遣いやさしく接する余裕もまた、無かった。連絡する頻度も減っていった。友人には叱られた。彼女が都内で働いているなら、転職活動の帰りにでも会える筈だと。私もそうすべきだと思った。しかし、会えば当り散らしてしまいそうだった。いや…それも言い訳だったろうか。
そして転職活動が3ヶ月目に突入した秋の暮れ、私は一方的に彼女に別れを告げた。会って直接話す勇気さえ無い男なのだと知った。結局私は逃げ出したのだ。
皮肉なことに、と言っていいのか分からないが…今勤務している会社からの内定連絡が来たのは、そのほんの数日後だった。働き先が決まったのは無論嬉しかったが、彼女に対する仕打ちに関して自分を責める気持ちは強く心に残った。今でも忘れたことはない。

その後、謝らなければと思いながら…いつしか数年が過ぎ去った。その間に一度だけ、前職の仲間が集まる飲み会に誘われて出向いたところ、彼女も来ていたことがあった。だが席は遠く、私は彼女に話しかけることもできなかった。彼女と私のことを知っている後輩からは、帰り道に詰問された。どう答えたのか…恥ずかしながら、思い出せない。

…私はそんな男だ。狭量で酷薄。お人よしの道化を演じることはできても、大事な人のことを本当に思いやることはおそらくできないのかもしれない。もっと昔にお付き合いしていた女性もそんな私の本性に気付いて去っていった、ような気がする。
だから…茨城へやって来た頃、私は心のどこかで思っていた。誰かを好きになってはいけない。好きになられてもいけない。後に残るのは悲しみや辛さ、苦しみだけだから、と。私自身がこんな男である限り。

最初の一年間は平穏に過ぎ去った。入社したのが暮れの12月、マネージャーたちが入社してきたのは翌年4月。当時、会社は拡大路線にあり、増産・増員の流れに乗っていた。残業もし放題で、毎月かなりの残業代を稼いだ。リーマン・ショックが間近に迫っているとは知る由もない、懐かしい時代だ。新入社員は100人近くもおり、顔と名前を覚えるだけでも大変だった。その中にマネージャーもいたが、当初は100人のうちの1人、に過ぎなかった。

だが新卒研修が終わって1年が過ぎる頃から、私の心に変化が起き始めた。
マネージャーとは課こそ違ったが同じ総務部所属ということもあり、新卒研修が終わってからも時々メールや電話のやり取りはあった。仕事で辛いことを黙って聞いたりもした。それに同期のメンバーに混ぜてもらって、飲み会に共に行くこと数知れず。いっぺんに弟や妹がたくさんできたような気持ちだったが、いつしか私は感じ始めた。マネージャーに対してだけは、その気持ちの他に何か別の想いが混じっている事に。アパートに一人でいると、気がつくと彼女のことを考えていたり。メールが来ると嬉しかったりもした。
だが当時、マネージャーには学生時代から付き合っている相手がいた。それを聞いてショックを受けた自分に気付いた時、私はいよいよ自分の気持ちを認めざるを得なかった。
話を聞くと、相手の男はだらしなく、もう別れようかと思っている。そうマネージャーは言っていた。
気楽なものだな、と思ったりもした。私がどんな気持ちでそんな愚痴を聞いていると思っているのか…無論、彼女は知る由もないだろう。
私は自分の胸のうちを打ち明けるつもりは無かった。今の関係が壊れてしまうのが怖かったし、自分に自信もなかった。それに、宇都宮時代に味わった罪悪感がちらついていた。色恋に関して私はもともと積極的ではなかった上に、さらに逃げ腰になっていたと思う。
そんなある春の日、マネージャーや同期の仲間たちに呼ばれて一緒にディズニーシーへ遊びに行った。混雑する園内を、私たちは徒党を組んで歩き回った。楽しかった。楽しかったが、気がつくと私はマネージャーを気にしていた。疲れた様子で座り込んでいれば気遣って声をかけに行った。仲間から離れて一人でいると、もしかしてまだ馴染めていないのだろうか?と気になり声をかけに行った。他のメンバーに「なんでエステバンさんはあいつのとこばかり行くんだろう?」といぶかしがられないかと気になったが、それでもかまわないとも思った。
やがて夜が訪れ、閉園の時間が近づいてきた。さすがに若い彼らも皆疲れたと見え、ベンチがたくさん置かれた場所で思い思いに座ってダベっていた。私はどこにいたか?それはもちろんマネージャーの隣である。図々しい男だ。しばらく二人で夜の園内の景色を眺めていた。何か喋っていたのか、それとも二人とも黙っていたのか、それはもう覚えていない。
ふと、私の右肩に温かい何かが乗ってきた。ふわりとした優しく細いものが私の頬を撫でた。マネージャーは疲れ果てたのか、私の右肩に頭を乗せてきていた。
私の内心の混乱ぶりを、ご想像頂けるだろうか。
だが…。私たちは二人でデートに来たわけではない。周りでは他のメンバーたちがこちらを見て何やら言っている。それはまだかまわないとして、いったいマネージャーはどういうつもりでこんな行動に出たのか。私は小鳥が羽を休める止まり木ではない。血も情も通った人間だ。こんなことをされて、男として何も感じないとでも思われているのか。
それに、お前には付き合っている男がいるんだろう。なのに、他の男にこんなことをしてはいけない。私は無言で諭したつもりだった。私はそっと体を左にずらし、彼女は静かに頭を上げた。
今思えば、「どういうつもり?」とでも訊いておけば、少し違った展開が待っていたのかもしれない。が、人生にもしもは存在しない。今思うに、別れたい彼氏との付き合いに疲れ、一日中ディズニーシーを満喫して疲れた彼女は、隣にいつもかまってくれる都合のいい男がいたから、ちょっと休ませてもらおうと思った・・・そんなところだろう。そうと分かっていれば、いくらでも肩くらい貸したのだが。
茨城は車社会だ。ディズニーシーから最初の集合場所である会社の駐車場まで戻ってきた我々は、各自解散となった。私はマネージャーを最寄り駅まで送っていくという任を負っていた。すでに22時を回り、車内には二人きりだった。駅まで着くと、ロータリーの片隅で二人でぽつぽつと話をした。カーナビのぼんやりした光だけが社内を薄暗く照らし出していた。もう遅いし、電車も来るからそろそろ行きなよ。そう私は言ったが、彼女はまだ少し大丈夫ですから、と助手席に座っていた。
22:45頃だったろうか。
「いっそのこと、そんな男なんか捨てて俺のところへ来い。」
そう言いそうになった。のど元まで言葉が出かかった。…だが、言えなかった。生涯の不覚だったような気が、今はしている。終電が近づいてきて、彼女は車を降り、駅の中へと消えていった。

その後、私は結局彼女のことを諦めきれず、告白することになる。
1度目。まだ例の男と別れていない頃。
2度目。前の男と別れ、フリーだった頃。
3度目。やがて結婚する相手と知り合い、気になる人が現れましたと報告された頃。
返事はすべて、NOだった。
それでも彼女は変わらずにこやかに私に接してくれた。まったく、これではどっちが年上なのかわからない。
だが仏の顔も三度までという。それにいい加減、三度もフラれれば諦めもつくというものだ。
私はようやく彼女のことを諦めることができたのだった。

…誰かが私の頭を引っぱたき、心が私の中へ戻ってきた。
「聞いてんのかエステバン!マネージャー、もう帰るって!」
…え?私はマネージャーを見た。
「すみません、彼氏が迎えに来るので…。」
「ああ、そうなんだ。」
「そうなんだ、じゃねえよ!みんなで旦那の顔拝みに行こうって言ってんだよ!」
あー始まったよ。弟のやつは酒癖が悪い。いつも帰りに途中下車して駅のホームで戻すのだ。この前は学生風の青年たちに
「大丈夫ですか?これ使ってください」
とハンカチを渡されたらしい。
ともかく、もうすぐマネージャーの旦那になる青年を見に行こうと、我々は会計を済ませて店の外へ出た。
涼やかな、と言うにはいささか冷たい夜風が吹き付けてきた。そろそろこのニットジャケットでは寒い季節が近づいているのだろう。次の休みには、コートをクリーニングに出しに行こうか。
そう考えていると、近くに停まっていた黒のホンダ・CR-Zから一人の青年が姿を現した。どうやらマネージャーの彼氏らしい。
おー…。二人並んで立つと、何ともお似合いじゃないか。どちらも真面目そうで、優しそうで、信頼のしがいがありそうだ。それに聞けば、彼は市役所職員だとか。マネージャー、手堅いのゲットしたな。でかしたぞ。
と、アニキがツカツカと彼氏の前へ歩み出た。何をするのかと思うと、いきなり路上で彼氏に向かって土下座した。
「うちの…うちの(実名)を、どうかよろしくおねがいします!!!」
う、うおっ…!?まるで兄…いや、父親…!というか、アニキはいつの間にか完全に出来上がっていた。実はかなり茶目っ気のある人である。5時までと5時からの顔がぜんぜん違うということを忘れていた。
私も彼氏に歩み寄った。右手を差し出すと、彼氏もすぐに右手を差し出してきた。言うことは一つだけだ。
「…彼女のこと、くれぐれもよろしくお願いします。」
彼氏はにこやかに微笑んだ。
「はい。」
そんな、好青年だった。
マネージャーはCR-Zの助手席に乗り込み、窓を開けて私たちに手を振った。彼氏は慎重に狭い路地に車を出す。やがて私たちが見送る中、車は颯爽と夜景の中に溶け込んで行った。
「なーんか、めちゃめちゃええ感じやなあ!」
アニキが言う。この人、酔うと怪しい関西弁になる。
「ええ…これで一安心ですね。」
車が消えていった方向を見やりながら、私は答える。
「よし!カラオケ行くかカラオケ!!」
アニキが言うと、
「あの…僕、長男の面倒見るのでそろそろ…」
弟が申し訳なさそうに言った。
「おう、そうか!頑張れ!」
アニキが言うと、弟は足早に駅へと消えていった。
二次会のカラオケはアニキと姐御と三人で盛り上がった。さらにラーメン屋もハシゴし、帰宅すると既に日付が変わっていた。
誰もいない、真っ暗なアパートの部屋。静寂に包まれた空間。
「……。」
何か熱いものが、両の目からあふれ出てきた。それは止まらなかった。
そうか。そうだったのか。
三度勝負をかけ、三度完敗したのだから、もう大丈夫。自分は彼女のことを吹っ切った。もはや悔いはない。それは、ただの思い込みだったのか。そう自分に信じ込ませなければ、耐え切れなかったのだろうか。
だが彼女にこの気持ちを受け入れられなかった以上、そして結婚まで決まった以上、もはや私にできることは何も無い。
できることがあるとすれば、一つだけ。
彼女の人生に一つでも多くの幸せが待っているように、祈ることだけだろう。
心が激しく暴れる。そんなことは分かっているんだ、と。そんな理屈で納得できれば、誰も苦しんだりしないんだ、と。
そして、思う。あの時、私に一方的な別れを突きつけられた彼女も、どんなに悲しんだことだろう。どんなに辛かっただろう。彼女に比べれば、私はまだマシだろう。別に付き合って別れたわけではない。もう会えないわけでもない。
相手の立場と同じ境遇に突き落とされて初めて、相手の気持ちがようやく理解できる。私の心はかなり鈍重にできているらしい。
できるものならば、会って謝りたい…。だが今更どの面下げて?それに、互いの古傷をえぐるだけではないのか。それとも、これも言い訳に過ぎないのか。そもそも、連絡先が以前と同じかどうかさえ、確かめる勇気は持てそうもない。

ともかく、私は愚か者だ。狭量で酷薄な上に愚かときては、救いようがない。もはや望みが無いと知りながら、後生大事に心の奥にまだこんな気持ちをしまい込んでいたとは。そのことに自分でも気付かなかったとは。そして何より、今更になってそのことに気付いてしまうとは。

だが、すべては終わった。マネージャーとの件は、これにて本当に一件落着、である。
あとは…恋に破れた後がいつもそうであったように、時がすべてを解決するのを待つしかない。
もうすぐ、寒い冬がやってくる。そして桜の季節。その先には暑い夏。そうして季節が巡るうちに、いつか今回のことも思い出に変わるだろう。
今はただ、その日を待つばかりである。



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コメント
- No title -
切ないねえ・・・(T_T) ウルウル
そういう時はDOLにインして現実逃避!^^;
2012/10/30 01:22  | URL | いづみ #pMvUeh96[ 編集]
- No title -
>いづみ師匠

人生、切ないこといっぱいです。
あれ?昨夜さっそく久々にinしたよ?w
師匠いなかったけど(T T)
2012/10/30 22:31  | URL | エステバン #-[ 編集]
-  -
life goes on...

以上!
2012/11/03 16:30  | URL | ユリイカ@ふたたびバンコク #-[ 編集]
- No title -
>ユリイカ

あっ!ホントだ!ホントにコメントあった!!(笑)

まさに…貴卿の仰るとおり。
今日もこの荒野を、ただ征くしかないのでござるな…。
2012/11/12 21:33  | URL | エステバン #-[ 編集]
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まとめ【秋風の中で】
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2012/11/02 07:30  まっとめBLOG速報
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